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東京高等裁判所 平成8年(ネ)354号 判決 1997年6月18日

控訴人(原告) 上田哲

被控訴人(被告) 国

訴訟代理人 山岡徳光

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は控訴人に対し、金一〇〇万円及びこれに対する平成七年二月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

4  仮執行宣言

二  被控訴人

主文同旨

第二事案の概要

本件の事案の概要は、次のとおり付加するほかは、原判決「第二 事案の概要」(原判決書二枚目表三行目)から六枚目裏八行目まで)と同一であり、証拠関係は原審訴訟記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これらを引用する。

1  原判決書四枚目裏九行目の次に、行を改めて次のとおり加える。

「被控訴人は、控訴人の本件法律案提出当時、衆議院において「議員が法律案を提出するに当たってはその所属会派の機関承認を必要とする」との取扱い(以下「本件取扱い」という。)が衆議院において確立した先例として存在していたと主張するが、本件取扱いは衆議院の先例集に登載されておらず、「所属会派」、「機関承認」の意味するところもあいまいで、本件法律案を提出した当時、控訴人に対して衆議院事務局から本件先例の存在について何らの言及もなく、衆議院議員に対して周知されていたわけでもない。したがって、本件取扱いが確立した先例であるとは到底いえない。のみならず、右取扱いにおいて「所属会派の機関承認」とは、被控訴人の主張によれば、当時の日本社会党については「国会対策委員長及び国会対策委員会事務局長(後者は非国会議員)の承認印」を意味するというのであり、このような政党または会派の内部手続にすぎない要件をもって国会法及び衆議院規則に定める法律案発議のための要件を加重し、議員の法律案提出権を制限することは、極めて不当かつ不合理である。」

2  原判決書六枚目表七行目の次に、行を改めて次のとおり加える。

「議案の提出に当たっては、所属会派の機関承認を必要とするとの本件先例は、衆議院先例集に登載されてはいないが、第六六回国会(昭和四六年)における「日本国と中華人民共和国との国交回復に関する決議案」の提出に当たって昭和四六年七月二四日に開催された衆議院議院運営委員会理事会において各会派の理事が本件先例の存在を前提にして発言をしており、遅くとも右昭和四六年七月二四日には本件先例が確立した先例として存在していたことは明らかである。

そして、本件との関係では、議長の監督の下に議院の事務を統理する権限を有している衆議院事務総長が、控訴人の質問状に対する回答書<証拠略>において本件先例が確立した先例であることを明言しており、これによって本件先例の存在及び適法性について既に衆議院における最終的判断が示されているのであり(衆議院規則第九二条第一九号、第二五八条参照)、その後本件先例に基づく衆議院事務局の本件法律案の取扱いについて衆議院議長により正されたことはない。

なお、先例集への不登載、先例の存在についての議員の認識等控訴人の主張する事実は、本件先例の存在及びその効力とは無関係のことであり、また、本件先例は、国会法第五六条第一項及び衆議院規則第二八条第一項の禁止していない別の要件を定めたものであるから、右法規に違反するものではなく、憲法によって各議院に認められた規則制定権に基づくものとして、衆議院規則と同様、規範としての効力を有している。」

3  原判決書六枚目裏八行目「本件請求は棄却を免れない。」の次に行を改めて次のとおり付加する。

「(四) たま、そもそも、控訴人が主張するところによっても、本件法律案について衆議院事務局が受理法律案としての取扱いをしなかったことによって控訴人が被ったとする損害は、国会議員としての法律案の提案権を侵害されたとの主張に尽きるところ、右のような権能は、国会議員としての職務の遂行上認められた公法上の権能に過ぎず、結局は国家機関内部の手続の問題であって、国家賠償法がその侵害に対して賠償を予定する私法上の権利または法的利益の侵害とは認められないものであるから、控訴人の損害の主張は理由がない。」

第三争点に対する判断

一  争点1(本件訴えの適否)について

当裁判所も、本件訴訟は裁判所法第三条第一項にいう法律上の争訟に当たらないものであるということはできず、本訴請求が裁判所の審判の対象となり得ないものであるということもできないと判断する。

その理由は、原判決書八枚目表九行目の「しかし、本件では、」から同裏八行目までを以下のとおり改めるほかは、原判決書「第三 争点に対する判断」の一項(ただし、原判決書八枚目表九行目の「しかし、本件では、」から同裏八行目までを除く。)の記載と同一であるから、これを引用する。

「しかし、控訴人の本訴請求は、前記のとおり国家賠償法に基づく損害賠償請求として金一〇〇万円の慰謝料及び民法所定の遅延損害金の支払を求める金銭請求であり、衆議院事務局が本件法律案について受理法律案の取扱いをしなかったことの違法性の存否、更にはその前提としての本件先例の存否及びその存在が認められる場合の本件先例そのものの違法性の存否等、前記議院の自律権能をめぐる問題は、本訴請求の前提問題であるにすぎず、これらの問題を直接の訴訟の目的とするものではない。そして、後に述べるように、右前提問題そのものについて衆議院の自律性を尊重するべき観点等から裁判所の審判権が及ばない場合においても、右前提問題に裁判所の審判権が及ばないとされる結果、当該違法性の存在について判断し得ない(当該違法性の立証がない場合と同視される。)ことを前提に請求の当否を判断すれば足りるものである。そうすると、本件訴訟は裁判所法第三条にいう「法律上の争訟」に当たらないものであるとはいえず、本件請求が裁判所の審判の対象となり得ないものであるということもできない。

したがって、本件訴えが不適法であるという被控訴人の主張は採用することができない。」

二  争点2(衆議院事務局が本件法律案につき受理法律案としての取扱いをしなかったことの違法性の存否)について

1  前記争いのない事実等(原判決書二枚目裏六行目から三枚目表一〇行目までに記載の1ないし4の各事実)に加え、<証拠略>を総合すると、本件の経緯として、次の事実が認められる。

(一) 控訴人は、昭和四三年参議院全国区、昭和四九年参議院東京地方区で参議院議員に当選し、昭和五四年東京四区において衆議院議員に当選して以来、平成五年六月一八日に衆議院が解散されるまで、連続五期衆議院議員の地位にあった。

(二) 控訴人は、かねて国政における重要な問題について国民投票を実施する旨を骨子とする法案を国会に提出することを意図し、平成五年二月ころに衆議院法制局等の協力を得て「国政における重要問題に関する国民投票法案」と題する法案(本件法律案)を完成した。控訴人は、当初本件法律案を当時控訴人が所属していた日本社会党の党提出法案として衆議院に提出しようと考え、完成した本件法律案を日本社会党の機関である国会対策委員会と政策審議会に預けたが、ほとんど省みられることがなく、党提出法案として国会に提出される見込みがなかったため、同年五月中旬、国会法第五六条所定の手続により国会に発議することを考え、そのころから衆議院議員五〇名以上の賛成署名を得ることに努めた。

(三) 控訴人は平成五年五月下旬ころ、衆議院における法律案の受理事務を所掌する衆議院事務局議事部議案課(以下「議案課」という。)に電話で、法律案の提出手続や法律案の提出の期日等についての質問をしたところ、議案課職員は、法律案の期日については、当時開会中の第一二六回国会の会期末が同年六月二〇日であり、同日が日曜日であるため事実上の最終日が同月一八日であること、法律案を印刷して各議員に配布し(衆議院規則第二八条)、適当の委員会に付託する(同規則第三一条)準備を完了するには、通常、議案が議案課に提出されてから二、三日を要することから、遅くとも同月一四日までには提出して欲しい旨回答した。

(四) 控訴人は、その後も本件法律案にできる限り多くの議員の賛成者の署名を得ることに努め、六月一四日、最終的に衆議院議員九二名の賛成者及び控訴人を含め三名の提出者と連署して、本件法律案を衆議院事務局議案課に提出した。

(五) ところが、本件法律案には日本社会党の国会対策委員長の印等控訴人が所属する会派の「機関承認」を欠いていると認められた。そして、後にみるように、衆議院においては、議員が行う議案の発議については当該議員の所属する会派の「機関承認」を必要とするとの先例が存在するとみられたところから、議案課では本件法律案をそのまま受理法律案として取り扱うことはできないものと判断し、その取扱いについて、同月一四日、日本社会党国会対策委員会事務局長に会派としての対応を確認したところ、同月一五日、同事務局長から、日本社会党として、本件法律案の「機関承認」はしない旨の回答がなされた。

(六) その後、衆議院事務局は、本件法律案の取扱いに関し、右機関承認を必要とする先例の見直しの議論が必要な場合は日本社会党の発意を待って衆議院議院運営委員会理事会の協議に委ねるべく、日本社会党所属の議院運営委員会理事と面会し、控訴人にも別途衆議院事務局としての立場を説明した上、それぞれに日本社会党内での調整、検討を要請しつつ、衆議院事務局として議院運営委員会理事会の協議に付された場合に備えて説明資料作成等の準備を進めていたところ、同月一七日、宮沢内閣不信任決議案が提出され、翌一八日、同決議案が可決され、衆議院が解散されたため、本件法律案の取扱いについて右議院運営委員会において協議されるいとまもなく、結局本件法律案については受理法律案としての取扱いがされないまま終わった。なお、控訴人は、その後同年七月一八日に行われた衆議院議員総選挙で再選されなかったため、本件法律案は再度発議されることはなかった。

(七) 控訴人は、平成五年七月一日付で、衆議院事務総長に対して、本件法律案を受理しなかったこと等について公開質問状を出した。これに対し、同事務総長は、同月一三日付の回答書において、衆議院においては、議員からの法律案の提出については所属会派の機関承認を必要とし、右機関承認のない法律案は受理できないというのが確立された先例であり、既に議院運営委員会理事会において会派の機関承認の必要性について協議のうえ確認されている旨、本件法律案については、国会法第五六条所定の賛成者要件は充たしているものの、所属会派の機関承認のないものであり、事務局としては一存で受理することができなかった旨、及び各会派共同提出議案の場合においても各会派においてそれぞれ機関承認を得たうえで提出されている旨等を回答した。

2  国会は、国権の最高機関であり、国の唯一の立法機関である(憲法第四一条)。そして、憲法は、立法権を衆・参両議院をもって構成される国会に(憲法第四一、第四二条)、行政権を内閣に(同第六五条)、司法権を裁判所に(同第七六条)それぞれ帰属させ、権力分立の原理に立つことを明らかにしているところから、各議院は、議院の組織、議事運営、その他議院の内部事項に関しては、他の国家機関から干渉、介入されることなく自主的に決定し、自ら規律する権能(いわゆる議院の自律権)を有していると認められる。憲法が、各議院に、議長その他の役員選任権(第五八条第一項)、会議その他の手続及び内部の規律に関する規則制定権、議員懲罰権(同条第二項)、議員の資格争訟の裁判権(第五五条)を規定しているのはこの趣旨に出たものと解され、国会法も、憲法の規定を受けて、議事運営における各議院の自主的な決定権を広範囲に認めている(国会法第五五条以下)。したがって、議院の自律権の範囲内に属する事項について議院の行った判断については、他の国家機関が干渉し、介入することは許されず、当該議院の自主性を尊重すべきものと解するのが相当である。当事者間の具体的権利義務ないし法律関係の存否をめぐる訴訟の前提問題として議院における法律の議決の有効、無効が争われた事案につき、最高裁判所が、当該法律が「両院において議決を経たものとされ適正な手続によって公布されている以上、裁判所は両院の自主性を尊重すべく同法所定の議事手続に関する所論のような事実を審理してその有効無効を判断すべきでない」と判示したのは(最高裁判所昭和三七年三月七日大法廷判決、民集一六巻三号四四五頁参照)、まさにこの趣旨を示したものというべきであり、この理は、衆議院における議員の発議にかかる法律案の受理手続の適法性が争われている本件にも妥当するものというべきである。

しかるところ、衆議院事務局が本件法律案を受理法律案としての取扱いをしなかった理由は、前記1(七)の衆議院事務総長の回答書にあるとおり、本件法律案は国会法第五六条所定の賛成者要件は充たしているものの、先例として確立されている所属会派の機関承認がないためであるというものであり、右回答により、本件先例が衆議院内部において法規範性を有する確立したものとして存在しており、かつ、右取扱いは右確立した先例に従ったもので適法である旨の衆議院としての判断が示されたものということができる(衆議院議長の衆議院規則に関する疑義の決定権につき衆議院規則第二五八条、第九二条第一九号、衆議院事務総長及び衆議院事務局の職責につき国会法第二八条第一項、議院事務局法第二条、衆議院事務局事務分掌規程第一条第一項第二号及び第三条第三項第一号参照)。

なお、後に触れるように、本件先例は「衆議院先例集」に登載されているものではなく、衆議院事務局の執った本件取扱いのよるべき法規範の存在が必ずしも明らかでなかったところから、その確認のため当裁判所において実施した証拠調べの結果に基づき特に付言するに、<証拠略>によれば、

ア 衆議院において、「議員の法律案の発議に当たっては所属会派の機関承認を必要とする」との取扱いは、第一三回国会(昭和二七年)会期中に当時の自由党が同党所属議員が議案を提出する場合は党機関の承認を必要とする旨決定したことを嚆矢とし、以後、他の会派も漸次これに倣い、第四三回国会(昭和三八年)以後は、会派の変遷にかかわらず、平成八年の第一三六回国会における「公職選挙法の一部を改正する法律案」ほか一件及び同年における第一三七回国会における「財政均衡法案」が、本件法律案と同様にそれぞれ提出者及び賛成者の所属する会派の機関承認がなかったため正式に受理されなかったのを除き、右第一三七回国会に至るまで、一三五二件にのぼるといわれる議員提出法案及び決議案のすべてが例外なく「機関承認」を得て提出されている。

イ 第六六回国会(昭和四六年)において、当時の自由民主党、日本社会党、公明党、民社党、日本共産党の与野党所属議員共同提案に係る「日本国と中華人民共和国との国交回復に関する決議案」の提案が検討されたが、右決議案の提出者及び賛成者が所属する各会派のうち、自由民主党の機関承認がなかったため、結局右決議案は受理されなかった(なお、その取扱いをめぐる昭和四六年七月二四日の衆議院議院運営委員会において、複数の会派に属する委員から、議員による議案の提出に当たっては所属会派の「機関承認」を必要とする取扱いが「慣例」又は「確立された慣例」であることを前提としての発言がなされている。)。

ウ 第九四回国会(昭和五六年)における「北方地域内の村の北海道の区域内の市または町への編入についての地方自治法の特例に関する法律案」の提出に当たり、提出者となる予定の議員のうちに所属する会派の機関承認が得られなかった議員があったため、その議員を提出者から除いて提出され受理されたことがあった。

以上の各事実が認められ、控訴人に対する衆議院事務総長からの回答によって示された衆議院の前記判断はこれらの事実を踏まえたものと推認される。

また、<証拠略>によれば、本件の後の平成八年六月一四日、当時の土井衆議院議長及び鯨岡衆議院副議長の発意による「国会改革に関する私的研究会」は、「議員立法の活性化に関する一つの提言」と題する提言<証拠略>を同議長及び副議長に提出し、その中で、「議員立法を提案しやすくする環境の整備」のため検討すべきことの一つとして、「現在行われている各会派の機関決定を議員立法の発議・提出の必要条件としないこと」として、本件先例の見直しを提言したこと、そして、同日、同議長及び副議長は、右提言を受けて「議員立法の活性化について」と題する右同様の内容の書面<証拠略>を議院運営委員長宛に示して本件先例の見直しを提言していることの各事実が認められるところ、これらの事実も、本件先例が、遅くとも衆議院事務局において本件法律案を事実上預かった当時までに、先例として確立していたことを示すものというべきである。

3  そうだとすれば、裁判所としては、衆議院の右自律的判断を尊重すべきであって、本件法律案につき受理法律案としての取扱いをしなかったことについて独自に適法、違法の判断をすべきではなく、その結果、本件では国家賠償法第一条第一項にいう「違法」が認められないことになるから、控訴人の本訴請求は理由がないというべきである。

三  控訴人その余の主張について

1  控訴人は、

(一) 本件先例は、<1>「衆議院先例集」に登載されていない(当事者間に争いがない。)、<2>控訴人を含めて長年衆議院議員を勤めてきた多くの衆議院議員も本件先例のことを知らず、本件先例には先例としての要件と考えられる周知性がない、<3>被控訴人が主張する「会派の機関承認」が具体的にどのようなものを指すのが不明確である、<4>仮に議員の議案の発議が所属会派の機関承認を経て行われてきたとしても、それはあくまでも政党や会派内部の問題であって、そのような会派内部の了承がないまま議員が法律案を発議した場合でも発議の法的効果に影響を及ぼさず、衆議院事務局が受理を拒む理由にならない、<5>本件では国会法及び衆議院規則の定める発議要件を充足する発議者及び賛成者のすべての国会議員が記名ではなく自署により連署しており、その発議・賛成意思は明白であるから、意思確認に代わる便宜策として行われてきたと考えられる「機関承認」を必要とする根拠はない、等の諸点を挙げて、本件のような取扱いが先例として確立していたはずはなく、仮に先例として存在していたとしても本件はその適用外であると主張し、また、

(二) 国会議員は元来国民を代表して自由に議案を発議、提出し、立法活動を行うべきもので本来制約を受けるべきでなく、このような重要な基本的権能である国会議員の議案提出権を制限するには、憲法等に定める厳格な手続を踏まなければならず、先例のようなその確立する要件が曖昧、不明確なものにより制限されてはならないと考えられるのに、本件先例は国会法第五六条第一項及び衆議院規則第二八条第一項に規定する衆議院議員の議案の発議の要件(予算を伴う法律案については議員五〇人以上の賛成者の連署、その余の法律案の場合については議員二〇人以上の賛成者の連署)を超える別個の要件を課しているもので、憲法第四一条、国会法第五六条、衆議院規則第二八条に違反する違憲、違法なものであるとの主張をする。

しかし、控訴人が主張するこれらの問題点は、いずれも前述の議院の自立権の範囲内の問題であり、本件のような取扱いが先例として確立しているものであって適法であるとの趣旨の前記衆議院の判断が示されている以上、裁判所として本件先例ないし本件先例に基づく本件取扱いの適法性の問題については、その憲法違反の有無を含めてその判断を差し控えるべきものと考える(なお、法律案の議事手続を含め、議院の自立権の範囲内に属する事項についての議院の取扱いに、一見極めて明白な違憲無効事由が存在する場合には、裁判所の審判の対象とする余地があると考えるとしても、本件においては、既に判示したところから明らかなように、そのような事由の存在を認めることはできない。現在衆議院の運営が政党ないし会派を中心として行われていることは公知の事実であって、議事手続(本件のような議員による議案の発議手続を含む。)において議員の所属会派の意思を尊重する取扱いが先例として行われ、結果的にそれが憲法、国会法、衆議院規則等に定める衆議院議員の権限の行使に新たな要件を加え、これを一部制限するような外観を呈したとしても、そのことをもってそのような取扱いが一見明白に憲法に抵触するものとは到底いえず、仮にそのことによって何らかの不都合が生ずる場合においても、それはまた、議院自身の自律的判断によって解決されるべきことが憲法以下の法令の予定しているところと解される。)。

以上により、本件先例が憲法第四一条、国会法第五六条、衆議院規則第二八条に違反する違憲、違法なものであるとの控訴人の主張はこれを採用することができない。

2  更に、控訴人は、本件の事実経過に関して、衆議院事務局議案課の職員から平成五年六月一四日以前に、控訴人に対して法律案の発議には所属会派の機関承認を必要とするとの先例があるとの説明を受けたことはない旨をるる述べるが、仮に本件の事実経過が控訴人主張のようなものであったとしても、本件の取扱いが確立した先例に従ってなされたものであるとの前記衆議院の判断、ひいてはその取扱いの適否の判断に立ち入るべきではないとの当裁判所の判断に特段の影響を及ぼすものではなく、本件の結論を左右しない。

3  なお、控訴人は、本件においては国会議員の法律案発議権が衆議院事務局という事務機関によって侵害されたものであるから議院の自律権の濫用であると主張するが、右主張が理由がないことについては、原判決書一一枚目表九行目から同裏九行目まで(2の項)の説示と同一であるから、これを引用する。

第四結論

そうすると、本件控訴は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 荒井史男 豊田建夫 田村洋三)

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